震災ボランティア報告(4)

2011年06月18日16:48

 3ヶ月が経過しても、震災の爪跡は色濃く残っていました。
 名取市内の車が行き交う道には、津波で流されてきた漁船、ボートなど多数が流され、そのまま残されていました。「これほど大きな船が、ここまで流されてきたのか」と改めて津波の脅威を感じました。

 約8000人が住んでいた閖上(ゆりあげ)地域は10メートルを越す津波が押し寄せ、街が廃墟と化していました。住むことができる家が、まるで見当たりません。家は崩壊し、2階建てアパートも構造むき出しの状態です。「住人のみなさんは無事、避難されたのだろうか」と、そのことだけが頭の中を占めていました。



 地域の至る所に、押しつぶされた車(中には転倒している車も)が散乱していました。

 地域内には約8メートルほどの小高い丘に2つの石碑がある場所があります。その石碑も1つは津波で流され、その丘には流された家が1軒、押し上げられていたと、地元の方から伺いました。多くの犠牲者が出たこの地域では、おそらく震災当日、この丘にも避難された方も多かったのではないかと、地元の方が話されていました。丘より高い津波が押し寄せてくる瞬間、避難されたみなさんが、どのような思いであったのかを考えると、大変辛くなりました。


 岩沼市二の倉の高潮対策海岸堤防は、津波で堤防自体が崩壊。グニャリと曲がり、所々に穴も開いていました。



 堤防近くのプール施設も鉄筋構造むき出し状態です。


 写真は堤防から撮影しました。津波は、この高さの堤防を乗り越え、町を襲いました。写真右側にあるのが、先ほどのプール施設になります。堤防自身も穴が開いています。

 堤防近辺の住宅は、何とか建っていても1階部分は、えぐり取られた状態の民家や、基礎だけの民家ばかりです。寺もこのような状態になっていました。
 震災ボランティア報告は、今回で終わりです。現地では、本当に政府の対応が追いついていない、またボランティアの数が足りていないことを痛感しました。辛すぎて、シャッターを押せなかった現場もいくつかありました。
 復興は1年、2年で終わる問題ではありません。国の総力をあげて震災復興・救援支援が求められています。
「国民の苦難あるところに日本共産党の姿あり」、これが党の立党精神です。私も継続してボランティア活動に参加したいと決意しています。

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プロフィール

藤井ひろき

Author:藤井ひろき
名古屋市会議員
日本共産党 藤井ひろき(博樹)
中村区上石川町3丁目2-3
電話052-411-4161

 <略歴>
1977年8月6日生まれ
大阪府吹田市出身
東海大学文学部文明学科卒
   (西アジア文明コース)
会社員(旭化成ホームズ)
   (サークルKサンクス)
日本共産党愛知県委員会勤務

 <現在>
名古屋市会議員
党愛知県委員会県委員
党中村区市政対策委員長
名古屋市中村区鴨付町在住

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