8月15日 名古屋市内の戦跡めぐりに参加しました

2017年08月20日14:38

 終戦72年を迎えた、今月15日。
 市民グループの皆さんが取り組まれた、名古屋市内の戦跡めぐりに参加しました。毎年8月15日に行われている、この戦跡めぐり。藤井が参加するのは、4回目となります。
 当日は、テレビ局や新聞社の記者も取材に来られており、「戦跡めぐりの様子、見たよ」の声を多くいただきました。
 一昨日の「しんぶん赤旗」東海・北陸信越のページにも、当日の様子が掲載されたので、以下、記事を紹介します。


戦争の痛み忘れない
「石の鐘」つるす寺など9カ所
名古屋で戦績めぐり
参加者口々に、不戦の誓い


 「散歩や通勤途上に戦争の傷跡があり驚いた」―。今年も終戦記念日(8月15日)に名古屋市内で戦跡めぐりが行われ、参加者は「日本は平和憲法を守り二度と戦争をしてはならない」と誓いあいました。
 案内は大島良満さん(82)。小学生の時に空襲で家を失い、友だちを亡くしました。1990年から戦跡めぐりを始め、今年で28回目。今回は名古屋北部地域の9カ所を訪れました。小学6年生から83歳の男性まで20人が参加。日本共産党の藤井ひろき市議も同行しました。

 戦前の名古屋市一帯は軍需工場が多数あり、63回にわたるアメリカ軍による激しい空襲に見舞われ、50万人以上が被害を受けました。
 最初に訪れたのはJR大曽根駅南口(東区)にある殉職した旧国鉄職員を追悼する「殉職者慰霊碑」。「男は徴兵されたため、殉職者に女性が多かった」との説明を受け、黙とうした女性(66)は「戦争では銃後を守る女性が多く犠牲になった。戦争は嫌です」と話しました。

 霊光院(北区)には「延命地蔵尊」がありました。45年3日未明、米軍の空襲から苦れようとした子どもや女性ら200人が現在の名鉄上飯田駅付近の爆撃で一瞬にして亡くなりました。大島さんは「戦死、殉職などの碑や地蔵は全国に多くあるが、一般市民の碑は珍しい」と語りました。参加者は延命地蔵尊前に献花をしました。

 円明寺(東区)では、鐘楼につり下がっている石製のつり鐘を見ました。金属類回収令により強制的に供出させられたつり鐘の代用として造られ、先代住職が「戦争の痛みを忘れてはならない」とつるし続けています。小学生が石の鐘をつくと、反響音のない「ボン」という鈍い音に驚いていました。

 最年長の西岡久男さん(83)は「終戦後、学童疎開先から帰ったら、熱田空襲で自宅周辺が焼け野原になっていた。二度と戦争してはいけないと子ども心に思った。戦争の傷跡を多くの人、特に若い人に見てもらいたい」。男子小学生(12)は「祖父ちゃんに誘われてきた。戦争のない平和な世の中になってほしい」と語りました。

 大島さんは「憲法9条改憲の動きがある今だからこそ、草の根からの平和を守る運動が必要。健康に気をつけて30回目まではやりたい」。藤井議員は「地元住民の善意に頼るのではなく、市に案内板設置など戦跡を市民に知らせるよう働きかけたい」と話しました。
(8月18日 しんぶん赤旗)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


ふっちん の 告知板

市民+野党共闘が広がる
 残念ながら、日本共産党は衆院選挙で議席減となりました。
 しかし、市民と野党の共闘は広がりました。
 今後さらにこの共闘を広げ、安倍政権の憲法改悪を阻止しましょう。

プロフィール

藤井ひろき

Author:藤井ひろき
名古屋市会議員
日本共産党 藤井ひろき(博樹)
中村区上石川町3丁目2-3
電話052-411-4161

 <略歴>
1977年8月6日生まれ
大阪府吹田市出身
東海大学文学部文明学科卒
   (西アジア文明コース)
会社員(旭化成ホームズ)
   (サークルKサンクス)
日本共産党愛知県委員会勤務

 <現在>
名古屋市会議員
党愛知県委員会県委員
党中村区市政対策委員長
名古屋市中村区鴨付町在住

最新記事

検索フォーム

QRコード

QR